山口県岩国市にある錦帯橋。5連のアーチが連なる美しい姿は、まるで大自然の中に描かれたアートのようです。
今回は、この錦帯橋の歴史についてみていきたいと思います。
▇建設のきっかけは中国の絵?
錦帯橋が初めて架けられたのは、今から約350年以上前の1673年。城と町を隔てていた「錦川」(にしきがわ)に架けられたのですが、当時は洪水でたびたび流されてしまうのが大きな悩みだったそう。
そこで岩国領主だった吉川広嘉(きっかわひろよし)は、「絶対に流されない橋を!」と一念発起します。ヒントにしたのは、明(中国)の僧侶から手に入れた『西湖遊覧志』(せいこゆうらんし)という書物でした。そこに描かれていた5つの島をつなぐ橋から、錦帯橋の独創的な構造を着想したといわれています。
▇世界でも類を見ない独創的な構造
錦帯橋のアーチを下から見上げると、桁や梁が規則正しく組まれているのがわかります。
また橋桁を石垣の上に組む際、主要な構造部分には鉄の釘をほとんど使用していません。昔ながらの「木組みの技法」で、木と木をぴったりと組み合わせて一体化させているのです。こうした工法を採用している橋は、世界中を見渡してもないのだそうです。
※画像は岩国市のホームページより引用
▇平成の架け替えで採用された丈夫なヒバの木
錦帯橋にはアカマツやヒノキ、ケヤキなど6種類の木が使われていますが、なかでも水との接触が特に多い橋杭(きょうぐい)という部位に使われているのがヒバの木です。
橋杭とは、橋を支えるために川底に打ち込まれる柱のこと。かつてはアカマツが使われていましたが、2001年の「平成の架け替え」からは、腐りにくいことで知られているヒバ材が初めて採用されました。
ちなみにヒバの木は、1124年の創建当時の姿を今に伝える中尊寺金色堂にも使われるなど、その耐久性は昔から知られてきました。
そのヒバの木から抽出した精油や蒸留水には、「消臭」「抗菌」「防虫」「リラクゼーション」という4つの作用があり、いま注目を集めています。
多くの浮世絵に描かれるなど、あまりの美しさから「どういう目的で造られたのかまでは知らない」という方も多かったのではないかと思いますが、「流されない橋を」との思いで完成した、まさに悲願の橋、錦帯橋。
建築法にこだわった世界でもめずらしいこの橋はいま、世界遺産への登録を目指しているということです。いずれ日本が誇る橋として、世界中から注目されるかもしれませんね。
例年、この時期は紅葉とのコントラストが美しく、また違った雰囲気が楽しめます。詳しい紅葉情報をゲットしたうえで、お出かけしてみてはいかがでしょうか。
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